「介護、農業をバカにするな 雇用創出の嘘」

『WEDGE 2009/03号』p.32-40

現実を無視した「“介護・農業”を失業者の受け皿にという政策」

 総務省が発表した労働力調査によれば、2008年12月の完全失業率は4.4%を突破。製造業派遣事業者らの業界団体の試算では、3月末までに製造業で働く派遣・請負労働者の失業者は40万人に達する見込みという。
 こうした現状を踏まえ、介護のみならず、担い手の高齢化で後継者不足に苦しむ農業や林業などの各分野において、政府は2011年までに160万人の雇用を創出という計画を打ち出し、民主党は250万人の雇用を創出することを検討している。
 しかし、求職者は少ないのが現実だ。
 まず、介護、農業はともに、産業構造が脆弱すぎる。どちらも国にとって欠かせない基盤であるにもかかわらず、3Kだからと、社会全体で長らく放置してきたため、産業として成立していない。
 さらに、人々の労働観が変質し、「仕事は手っ取り早く稼ぐ手段」と割り切る人が増え、高齢者らとの人間関係を構築したり、農作物を収穫したりするのに多大な時間や忍耐を要する介護や農業に人を戻していくことは、政治が叫ぶほど簡単ではない。頭数だけをそろえて雇用の受け皿を用意したというのは、政策としてあまりに貧弱ではないか。

農業の厳しい現実

 2007年の新規就農者は7万3000人に達するが、その半数は60歳以上。農家世帯員が退職後に農業を始めるパターンがほとんど。土地や資金を独自に調達して農業を始める者は2%にすぎない。
 それもそのはず、全国新規就農相談センターによると、就農1年目にかかる平均費用は、水稲が約690万円、露地野菜で約470万円に対し、平均売上高は水稲・露地栽培 がともに約230万円と、5年以上経過しても事業を軌道に乗せることは難しい。

補助金つきの就農支援事業の危うさ

 農水省が17億円を投じて行なう就農支援事業で中心的役回りを期待されているのが農業法人農業法人は近年着実に増加しており、2008年で約1万500法人を数える。法人の規模は家族経営から数百人の社員を抱えるものまで様々。
 支援事業は就農希望者を研修生として受け入れた農業法人や農家に対し、最大で月9万7千円の研修費を1年間補助するというもの。研修生1000人を対象としているが、業界内からは「有効に活用する」という声に混じり、「受け入れられる事業者がそんなにあるのか」「短期的支援で就農まで行き着くか疑わしい」といった声も聞こえてくる。
 神戸善久・明治学院大学教授は「農産物貿易自由化など、農業の前途は厳しい。国際競争力のない農業者が農業生産から離脱を迫られるのは時間の問題だ。いま不用意な就農支援をすれば、将来の失業予備軍を増やすだけだ」と長期的視点を欠いた政策に警鐘を鳴らす。
 確かに、補助金をつけて無理やり雇用を創出しても、就農後に生計が成り立たなければ、またそこに補助金をつぎ込むといった、いつか来た道をまた辿ることになりそうだ。零細農家まで一律に保護する政策をいい加減に改めて、優良な事業者にこそ限られた補助金や農地などの経営資源は行きわたるような市場環境の整備に注力すべきであろう。

農業に参入した居酒屋チェーン「ワタミ

 2002年から農業事業に参入した「ワタミ」の渡邉美樹社長は「農業を事業として成立させるには、技術や理念だけでなく、労働生産性や人材育成などのマネジメント力が欠かせない」と語る。「やっと黒字化できそう」と参入7年目にして語る言葉に、農業経営の難しさがにじみ出ているが、「いずれグループの中核になる」と断言する背景には、農業にビジネスとしての可能性があるということだ。

『WEDGE』の論調への批判

 「日本農業を復活させるには、零細農家を淘汰し、意欲のある農業事業者に土地も補助金も与えるべき」というもの。
 2008年9月号の特集「こんな農協はいらない」では、さらにその論調は鮮明だ。日本の農業の弱さは、零細農家が圧倒的多数を占めているからであり、そうした零細農家を支え続けるのは、農協=自民党農水族が自らの権力基盤(票田)として利用したいからだという。
 確かに、その論調には説得力がある。しかし、正論すぎる論理の行きつく先は、果たして薔薇色の未来だけだろうか。零細農家廃業=農地集約化が日本農業にどのような大変化をもたらすのか。その影響力を真剣に分析し、予想し、消費者も含めた利害関係者、すなわち国民の大多数が納得する形で変革しなければ、この日本という国土に暮らす人々は未来永劫に悔いを残すことになる。